音楽のこだます谷で 第1回
マヤの人々の村へ

  グァテマラは僕にとって忘れられない国です。マヤの人々とその文化に魅せられて,度々撮影に訪れ写真展[虹を紡ぐ民」も開催しました。そのグァテマラで先日不幸な事件が起こりました。日本人ツアー客がマヤの人々に襲撃され,一人の命が奪われました。勿論真相は分かりませんが、僕なりに自分の目で見て知っている事を伝えたいと思います。中米の小国グァテマラは先住民族のマヤの人々が人口の過半数を占める国です。グァテマラの虹と呼ばれる美しい民族衣装をまとい伝統的な暮らしを続けているマヤの人々の村は、アティトラン湖という湖の周辺とメキシコ国境に近い山間部に点在しています。アティトラン湖は海抜1500メートルの高原にあるとても美しい火口湖で,湖畔の街パナハッツェルはグァテマラ最大の観光地です。通常グァテマラを訪れる観光客はこの湖の周辺と、カリブ海側にあるマヤ最大の遺跡ティカルに限られています。今回事件の起きた村トドス・サントスはこれらの観光地とは遠く離れた山間部にあります。僕はこの村を3回訪れていますが、初めてこの村を訪れたのは7年程前の事です。トドス・サントスは標高3500メートル近い山合いにあり、一番近いウエウエテナンゴという都市からはバスで3~4時間の所にあります。ただ、これはあくまで道が良ければの話です。当時ウエウエテナンゴからトドス・サントスまでの道は極めて悪く、雨季になるとバスやトラックも通れなくなっていました。僕が訪れた4月は乾季の終わり頃でしたが、現地で色々な人に尋ねてもあそこには行けるかどうか行ってみないと判らないとの返事でした。僕は小型の四輪駆動車でまずウエウエテナンゴまで行ってみる事にしました。ウエウエの人口は4万人程で、グァテマラでは3番目の大都市です。僕は街道筋のガソリンスタンドで情報を集めることにしました。運良く今はバスも通っているとの事なので、とりあえずウエウエのホテルに荷物を預け日帰りでトドス・サントスまで行って見る事にしました。なにしろ情報が少ないので現地で泊まれるかどうかもわからないし、一人旅なのでもし途中で何か起きた時にホテルに僕の予定を伝え荷物を預けておけば、安心かなという配慮でした。ウエウエの標高は約1500メートルなのでトドス・サントスまでは約2000メートルの登りになります。下から見上げると山の上は雲がかかって何も見えません。これからあの山の向こう側まで行くのかと思うと、さすがにちょっと心配になってきました。街を出るとすぐ道の舗装はなくなってしまいましたが、かなり広めの道が続いています。乾季の終わりで数ヶ月全く雨が降っていない為、泥が乾燥したお汁粉のようになって道路一面を覆っています。副変速ギアを4駆のローに変えて、セカンドぐらいでゆっくり登っていても4輪ごとずるずると滑ってしまいます。道からはずれたら崖から転落してしまうので,道幅が広いとはいえかなりスリルがあります。特に大型のバスやトラックとすれちがう時はかなりのスリルです。1時間ほどの緊張した登りが終わると、やがて道は平坦になりのどかな高原風景が目の前に広がっていました。標高が高く空気が薄いためか、景色が驚くほど鮮明に見えます。雨も降っていないはずなのに、何故か木々は鮮やかな緑色をしています。[桃源郷]という言葉が浮かんでくるような高原をしばらく行くと、やがて道は二つに分かれます。僕が目指す村への道はここから左へはずれ、再び山道を今度は下りはじめます。道幅はかなり狭くなり、時折崖崩れのためもっと狭くなっています。道が川で分断されている所もあります。山もかなり険しくスリル満点で、もし対向車がきたらどうなるんだろうと考えるとゾッとするドライブが続きました。そんな道を小1時間位走るとやがて遥か彼方に、村らしきものが見えてきました。村に近づくにつれ大きな薪を背負った村の人々が時々道を歩いているのにも出会いました。家並みがはっきりと判る位近くまで来た所に、少し見晴らしが良く道幅の広くなっている所があったので車を止めてみることにしました。両側を険しい山々に囲まれた谷間には沢山の家々が点在し、そのかまどからたち昇る煙で村全体が少し霞んで見えます。ふと耳をすますと何処からともなく軽やかな音色が聞こえてきます。民族楽器が奏でる優しく暖かな調べが谷間にこだましています。危険な道の運転で張りつめていた緊張が優しい音色にゆっくりと溶けてゆきます。その村トドス・サントスは、音楽のこだます谷間にひっそりとうずくまっていました。

 

 
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