音楽のこだます谷で 第5回
ティオリンダ

  彼女の名前は、ティオリンダ・メンドーサ。僕が撮った写真を見ながら「これは何処の村?」とか色々尋ねた後、家の中を見せてくれました。日干しレンガ造りのその家の屋根はカヤ葺き、床は何もない土間で、真ん中に囲炉裏があり、壁際が一段高くなっていて腰掛けられるよう敷物が敷いてあります。壁の-角に古ぽけた写臭が数枚貼ってありました。カラーの写真が一枚だけあり、若い男の人が写っていました。彼女のお兄さんで、アメリカに働きに行っているとの事でした。その他の写真は全て白黒で、退色してセピア色になっていました。マヤの人々の家を尋ねると、大抵古ぽけた写真が壁に貼ってあります。大事そうにビニールで包んでピン・アップしている家もあります。家のなかで火を焚くので、すぐ煤けてしまうからかもしれません。別の或る村を訪ねた時には、退色して殆ど顔が白くとんでしまった白黒写真を複写してくれないか?と頼まれたこともあります。写真は彼らにとっては貴重品です。カメラはおろかフィルムですら、彼等には手の届かない程高価なものです。フィルムはフジもコダックも売っていますが一本1000円位で、これはマヤの男の人の5日分の給料(日当200円位なので)にあたります。色々話をして少し打ち解けてきたところで、僕はティオリンダに写真を撮らせてもらえないかと頼みました。少し恥ずかしそうに領いた彼女は、部屋の角にある小さな鏡の前で身繕いを始めました。背中に赤ん坊を背負ったまま、髪をなでつけています。僕は柔らかく光のまわった軒先で、彼女にカメラを向けました。レンズに向かって優しく微笑むティオリンダは、その時18才。まだあどけなさの残った微笑みをうかべたこの時のポートレートは、僕のお気に入りの一枚となりました。写真展「虹を紡ぐ民」のパンフレツトの表紙を飾ったのは、この時撮ったティオリンダの写真です.撮影の後、僕は住所を尋ね後日必ず写真を届ける約束をして別れました。撮影をさせてもらった人達には、なんらかの方法で必ず写真を渡す事にしています。グァテマラのような国では、郵送してもなかなか届かないことも多く、もう一度訪ねる機会が有った時は必ず写真を持参しています。一度訪れた村を、写真を持って再び訪れるのはとても楽しい事です。写真に写っている人達の居場所を尋ねようと、持ってきた写真を見せただけで、すごい人だかりが出来てしまいます。人だかりの中には大抵写真の主の親戚か知り合いがいて、その人の家まで案内してくれます。そこで、又大騒ぎになります。その家の家族以外にも隣近所の人達が写真を見に集まってきます。当の本人は写真を握りしめて、とても嬉しそう。写真をもらえなかった人達は、羨ましそうに見ています。勿論僕はカメラを持ってきているので、今度は私達の写真も撮ってくれとせがまれます。村は狭いのですぐに僕の噂が伝わって、村を歩いているとあちこちから写真を撮ってくれと声が掛かります。通りがかりの人たちも、カメラを向ける僕に微笑みかけてくれます。解ってみれば当たり前の事なのですが、初めてグァテマラを計れた時にはマヤの人たちの写真を撮るのに苦労しました。パナハッツェルやチチカステナンゴといった観光地では、無遠慮にカメラを向ける人も多くカメラを嫌ったりお金を要求する人達も見受けました。彼女達の民族衣装がとてもきれいなので、カメラを向けたい気持ちも良く分かるのですが、珍しい動物の様に写真を撮られる人たちの気持ちにまでは気が回らないようです。アフリカの-部の部族の間では、写真を撮られると魂が奪われると本気で信じていて、カメラを向けただけで石や槍が飛んでくる所もありますが、ここグァテマラではそんな手荒な事はありません。ただどこの国でもなんの断りもなく、いきなりカメラを向けるのは、失礼な事にかわりありません。別に言葉が通じなくても、まず目が合ったらカメラを見せて撮っても良いかゼスチャーで尋ねて、それからシャッターを押す位のマナーがあればと思います。僕はケニアに行ったときには、殆ど人の写真を撮りませんでした.写真を撮ろうとする度に、お金を要求されたからです。たいした金額ではないのでお金を払って写真を撮る方が簡単なのですが、そういう写真を撮りたくなかったのです。人間の写真というのは、撮る人と撮られる人の関係が写真にそのまま写るものなのです。例えばどんなに優れた写真家でも、ママが撮った子供の笑顔と同じものは決して撮れないものなのです。雑誌などでもよくケニアのマサイ族の人たちの写真を見かけますが、お金を払って撮っただけの写真はすぐにわかります。写真の中で彼等は同じ人間としてではなく、珍しい動物のように写っています。ですからグァテマラでは僕はまず人間関係をつくる事から始めました。

 

 
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