ペンギン新聞 第9回
秘境バトル


 

翌日になっても相変わらず激しい揺れは続いています。昨日よりましなことと言えば、一応ダイニングルームがオープンしてイスに座って食事出来るようになった事。だからといって快適になったと言う訳では決してなく、むしろ新たなテクニック<正しいイスの座り方>が要求される事になりました。というのは、ただ<イスに座る>といっても何かに掴まっていないと、イスもろともひっくり返ってしまうのでテーブルのヘリを片手で掴む。それも上から掴むと後ろ向きに転んでしまうので、下からテーブルのヘリを掴む。料理がサーブされたら出来るだけ早く全部食べてしまう。食べ終わる前に大きな揺れが来ると、どうなるかと言うと片手はテーブル、片手はホークを持ってるのでお皿が押さえられず、料理がお皿ごと飛んでいって誰かにぶつかる。勿論飲み物もコップに入れたら一息に飲んでしまわないと、あっという間に誰かがびしょ濡れになる。これなら昨日の難民生活のほうが両足で身体を支えられる分だけ両手が使えるし、だいいち初めから床にいるのでひっくり返る恐れもない。「文明が新たな不便を産むこの皮肉」、と言うほど大げさなものではないけど兎に角、イスごと転ぶオジサン、オバサン続出。まさかこの年になってそれも南極くんだりまで来て、<正しいイスの座り方>を教わるとは。
食事が終われば、コーヒーの一杯も飲みたいところですが、これはC難度。コーヒーはラウンジでセルフサービスなのですが、片手にカップを持って片手でコーヒーサーバーのコックを捻る。つまり何処にも掴まらず、立ったまま熱いコーヒーを注がなければなりません。その上、座っていても滑って行ってしまうぐらい揺れている船内で、熱いコーヒーを持ってこぼさずに安全な場所まで辿り着かなければなりません。初めの内は殆ど不可能と思えたこのミッション・インポシブルも、馴れとはすごいもので帰りの船内では皆平気でこなせるようになっていました。平衡感覚には絶大な自信を持っているこの僕は、三日目位には立ったままコーヒーを飲めるまでに成長し、新たなる夢の宇宙旅行に向けて密かに自信を深めたのでした。
窓の外をみても相変わらず荒れた海ばかりなので、ヒマツブシはラウンジでの雑談。それもこんな極端なツアーに来る人達の話題といえばまず旅の話。さすがに南極まで行こうという旅の猛者達の集まりだけあって、これはかなりマニアック。秘境に行けば行くほどエライわけで、このランキング争いはきわめて熾烈。一人がペンギンはパタゴニアですでに見飽きたと言えば、別の一人が氷山なんてグリーンランドでさんざん見た、と言った具合。それもいかにもアウトドア派といった感じの人ならいざしらず、どこからみてもデパートのバーゲン会場あたりで腕にいっぱい紙袋かかえてそうなオバハンや無料パス持ってバスに乗ってそうなオジサン達。話題にのぼったところは、どこも甲乙つけ難いほどの秘境で殆ど探検隊の世界。ギアナ高地やガラパゴスといった地名が飛び交い、結局誰が一番エライかは勝負がつかずこのバトル、クルーズの間中度々繰り返されることになりました。

 
       
     
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